【特集】1980年代 レコードカー
1980年代は、好景気も後押しして、日本の自動車の高性能化がいよいよ一つの完成形に近づきつつあった時代でした。
電子制御燃料噴射やターボエンジンなども登場し、レーシングカーもさることながら、チューニングカーの世界も華やかでした。
ここでは、1/4マイルを競うドラッグレーサーと最高速レコードカーを紹介します。
柿本レーシング・240Z
L型エンジンチューナーと云えば「柿本・改」と云われた、柿本レーシングが製作したS30型Zベースの当時有名なドラッグレーサーです。
特徴は、フロントノーズがノーマルの約2倍あり、直列12気筒でも載りそうなエンジンルームです。
この個体は、あちこちのモーターショウやイベントで展示されていましたし、チューニングカー雑誌などでもおなじみのマシンでした。
JAPAN by TBO 240Z
こちらも80年代のチューニングカーマニアならご存知の赤い240Z。
巨大なインタークーラーが圧巻です。
当時はまだ一般の自動車も電子制御化が始まったばかりで、これらのチューニングカーは、特大タービンをキャブレターで動かすのがまだまだ主流で、コンピューター制御は、サブコンと呼ばれる補助制御が主体でした。
HKS ・ドラッグスープラ
こちらは、HKSが当時憧れのスペシャリティーカー、A70スープラをモデルに製作したドラッグレーサー。
と、云うのもアメリカのファニーカーと同じく、ボディは別物のFRP製で、形がスープラと云うのが実態のマシンでした。
その昔、JZZ30ソアラの形をしたドラッグレーサーを走らせている人が云ってたのですが、「HKSの180SXは、うちのソアラよりボディサイズがデカイ」と云うようなこともあったそうです。
トラスト・ソアラ
こちらは、茨城県の谷田部(日本自動車研究所テストコース)で、国産市販車初の300km/hオーバーを達成したというのが話題になった初代ソアラのチューニングカーです。
トラストの創業者のクルマだったそうですが、エアコンなども着けたままでの記録だったと云うのが当時の雑誌などで話題でした。
排気量はそのまま(2,800cc)で、特大のタービンをトラストのサブコン「Rebic」で制御していたと記憶します。
まだタービンは、トラック用の流用が主流だった時代の話です。
1980年代は、まだ「夢の300km/h」だったのです。
【こぼれ話】
わたしは、当時F2やGC、グループC、グループAなどのレーシングカーに夢中でしたので、この分野のチューニングカーにはあまり関心がありませんでした。
ですからチューニングメニューや、記録自体は殆ど記憶に無いのですが、しかし、柿本Zのデフォルメしたスタイリングやトラストソアラの300km/hオーバーの話は、学校でも友達と話題になるほどでした。
丁度、トラストポルシェ956が耐久レースで活躍していた頃でもあったので、小遣いをはたいて、通販で2,900円もしたトラストのTシャツを買って着て居たのを覚えています。
わたしは近年、工業製品は、煮詰まる前の未完成形がかっこいいと思うのですが、ビッグタービンをアナログで回していたこの頃のパンクなマシンたちは、今となってはとても魅力的に見えるようになりました。



