童夢/トムス・85C
(DOME/TOM’S 85C – Group-C – 1985年)
レースそのものは90年代初頭で終了しましたが、今でも世界中で人気があるレースカテゴリーのひとつ、グループCカーのレース。
グループCカーの初期は、文字通りポルシェ全盛期でしたが、そこに果敢に挑んだ純国産マシンがありました。
トヨタのエンジンを積み、シャーシは、日本のレーシングカーメーカー、童夢が設計・製作した、童夢/トムス85Cでした。
1985年に、レイズレーシングから全日本耐久選手権に出場した、「ボルクレーシング85C」です。
【スペック】
エンジン:トヨタ製 4T-GT改 水冷式直列4気筒 DOHC 2バルブ 2,090cc ターボ付 電子制御燃料噴射付
ターボチャージャー:KKK製シングル式
推定出力:500~600HP/7,500~8,000rpm*
シャーシ:ツインチューブ型アルミモノコック
ボディ材質:FRP
ホールサイズ:16インチ
車両重量:850kg
車両設計:株式会社童夢
*レーシングマシンは、レースにより、セッティングが異なる為、推定馬力としています。
尚、上限回転数についても、レースにより異なります。
他の何にも似ていない独創のフォルムが、童夢/トムス84/85Cの特徴です。
FIA世界耐久選手権(WEC)の、グループC規格に準ずるクローズドボディ(屋根付)2座席のプロトタイプスポーツカーです。
1983年に、ルマンで衝撃のデビューウインを飾ったポルシェ956に、世界中の自動車メーカーやレーシングカーコンストラクターが照準を合わせ、新しいグループCマシンを開発して挑むようになりました。
その中で、日本の童夢は、早くからルマンに挑戦しており、Cカー規格になってからは、それまでの零RLに屋根を付けたものに始まり、83C,84C,85C.と続いていき、グループC規格のレースが消滅するまで発展し続けました。
85Cは、世界ラリー選手権(WRC)用のセリカ(TA64型-競技用限定車)の為に開発されたエンジン、トヨタ4T-GTをグループC用に仕立て直して、搭載しています。
デビューした1984年に、トムスチーム(36号車)と、童夢チーム(38号車)が84Cを全日本耐久選手権を走らせていましたが、1985年、86年には、85Cが多くの国内プライベートチームに販売されました。
85年には、新しい形状のリヤウイングが、トムスと童夢車に装着されていましたが、86年には84タイプに戻っています。
ミノルタカメラのスポンサーカラー(35号車)は、1986年に見崎清志氏率いる見崎スピードチームが走らせた「ミノルタ・トムス85C」です。
筆者が観戦した、86年の鈴鹿500kmレースには、6台もの国内チームの85Cが出走していました。
#3 トヨタ・ワープゾーン85C(オートビューレック・モータースポーツ)
#5 アドバン・トムス85C(オートビューレック・モータースポーツの2号車)
#35 ミノルタ・トムス85C(ミサキスピードのマシン)
#36 トヨタ・トムス85C(トヨタ・チーム・トムスの1号車)
#37 トヨタ・ダンロップフォーミュラ85C(チーム・イクザワ)
#38 ワコール・童夢85C(童夢のワークスカー)
※写真は、1986年の鈴鹿500km耐久レースでのローリング・スタートシーンです。
※当時、海外チームへの販売は、無かった模様です。
2012/11 一部訂正
国内の全日本耐久選手権では、ノバ・エンジニアリングや、トラスト・レーシングのポルシェ956を、追いまわし、幾つもの表彰台も獲得しました。そして、1985年の開幕戦では、国産Cカー初の1勝を挙げています。
また、同85年には、ルマン24時間レースにルマン用の85C-Lが出場し、総合12位でフィニッシュしました。
この時は、87年から正F1ドライバーに昇格した中島悟選手もドライブしています。
写真は、1986年の鈴鹿500kmレース。
終盤に、ターボトラブルで火を噴くミノルタ・トムス85C(ミサキ・スピード)

【こぼれ話】
レイズレーシングのトムスの写真は、大阪のショウで、友人が撮影して来てくれたものです。
他の写真は、1986年4月の全日本耐久選手権第一戦、鈴鹿500kmで、わたしが撮影しました。
300mmの望遠一眼で、撮影したのですが、当時のグループCカーは、鈴鹿のメインストレートエンドでは300kmに達すると云われていましたから、カメラでマシンを追うのは、ほんとうに大変でした。
マシンを遮るように、フェンスの柱が写っていたりするのは、その為です。
第一線のモータースポーツ写真を撮る難しさを、初めて実感したのでした。

1992年で、グループCカー時代は、終わりました。
しかし、21世紀に入ってからもCカーのファンは非常に多く、その美しい姿と強大なパワー、そして、時速300kmを裕に超えるスピードなど、時が過ぎても変わらぬ魅力を放ち続けています。
最後に、1986年全日本富士1000Kmレース大会(富士ロングディスタンスシリーズ第一戦)のステッカーを入手しましたので、貼っておきます。
ここに写真で紹介した各マシンが絵柄になっている、今では貴重なステッカーです。
-2013/1 追加-



