
ダイハツ・コンパーノ・スパイダー
(Daihatsu Compagno Spider – F40K型 – 1967年)


イタリア車の雰囲気満載の日本製オープンカーをご紹介します。1960年代、ダイハツ製の小型車「コンパーノ・スパイダー」です。
ダイハツのバッヂを確認しなければ、一見イタリアのクルマにしか見えないぐらいエキゾチックな、この2ドアオープンは、1965年に登場し、1969年まで造られました。
今や大変貴重なコンパーノ・スパイダーですが、ここでは1967年式のコンクールコンディションを保つ一台をご紹介します。

1963年に登場したダイハツのコンパーノシリーズ。セダン型の「ベルリーナ」やステーションワゴン型の「バン」、「ワゴン」などがありましたが、1965年に、幌型の屋根を持つオープンスタイルのスパイダーが登場しました。
全身に欧州車の雰囲気が漂うデザインが特徴のコンパーノシリーズですが、それもそのはず、デザインを担当したのは、イタリアン・カロッツェリアの「ヴィニャーレ(Vignale)」と云うコーチビルダーでした。

地中海あたりの石畳が似合いそうなコンパーノ・スパイダーですが、中身は生粋の国産車で、コンパクトなオープンスタイルは一見、2人乗りに見えますが、じつはちゃんと4人乗れるシートを持っていました。

よこから見ると、後部座席に2人乗れるスペースが確保されているのが想像できます。
全長3.8mと云うコンパクトなボディながら、とてもスタイリッシュで、幌の造形もとてもよく出来ています。
それにしても、1960年代と云う時代にあって、赤色ボディのオープンカーを、ホンダだけでなく、日本のダイハツも造っていたとは驚きです。
21世紀の時代では、どちらも当たり前のものですが、当時はお役所の認可を取るために、かなりの努力が必要だったと伺いますから、この時代のダイハツには、相当自由でトンガった発想と勢いがあったのでしょう。

後姿が、またとても美しく仕上がっています。
この個体のオーナーさんも、この後姿がとても気に入ってらっしゃるそうでした。
短い全長なのに、キャビンに4人の座席を確保しながら、このスラっと延びたトランクのラインは、パッケージングの妙と云えます。

顔つきがイタリアンなら、後姿はブリティッシュの雰囲気があります。特に、後ろにはダイハツの文字盤もエンブレムも見当たらないので、これが日本製の自動車であることに気が付かない人は多いでしょう。
じつは、わたしも会場入りする前に、国道で見かけたのですが、コンパーノと認識するまでに数秒掛かってしまいました(ちなみに、普通はこの時代の自動車なら大抵0.5秒以内に車名が出て来る特技があるのですが・・・)。

テールランプの造形など、単体でオブジェになりそうなぐらいに綺麗な形をしています。
方向指示器と後退灯が別体になっているところもユニークです。
Spiderエンブレムがナナメに着けてあるあたりに、当時のダイハツの小粋さと意地を感じました。
この日は、雨でしたが、美しいクルマは雨の雫も見方にしているのでした。

恐らく1967年当時の1,000ccクラスの日本車に純正アルミホイールが装着されることは殆ど無かったと思いますので、おそらく社外品ですが、5J-12インチに195/80R12(これも相当珍しいサイズではないでしょうか?)のグッドイヤータイヤが装着されていました。
ホイールのメーカーは不明でしたが、ATSあたりのヨーロッパ製の雰囲気があって、とても似合っていました。
この足元を支えるのは、前輪にウィッシュボーン式の独立懸架方式が奢られ、後輪はリーフ式だったようです。

幌ですが、これがまたとてもよく出来ていました。平面と三角部分が分かれていて、視界とデザインの両方を確保しています。
もちろん現在のように、電気仕掛けでも、片手でポンでもありませんから、ボタンでしっかり留まるようになっています。

ビニール製のウインドウの中に見える、めっきのトリムが外装のめっきとよく合っていたので思わず撮った一枚。
ひとつひとつを見ると、決して凝ったラインを持っては居ないのですが、全体でとても綺麗にまとまっていると、こんなに美しいクルマが出来上がると云う見本のようなデザインです。
そして、そういうデザインの自動車は、どこを部分的に撮っても、美しく感じます。

こちらは、FE型と呼ばれる、水冷式直列4気筒OHV 998ccエンジン。
コンパーノ・スパイダーは、これを縦置きで搭載し、後ろタイヤを駆動します。
随所が、とても良く手入れされているのが判ります。

こちらは、当時モノが好きな人なら垂涎のダイハツ純正ミクニ・ソレックス、ダウンドラフト式キャブレターです。
フィルターは、社外品に換装されていますが、こちらもよく整備が行き届いている感じが伝わってきました。

さて、これはボンネットを支えるヒンジ部分ですが、左のステーにご注目。
この時代のコンパクトカーにしては、つっかえ棒無しで自立するボンネットを持っていました。
油圧式ではなく、機械仕掛けなので、こうして半世紀が経った現在でも、ちゃんと仕事をしてくれます。アナログ万歳。

まだ、スマートフォンと云う文明開化の機械に慣れていないので、ブレてしまいましたが、コンパーノ・スパイダーの室内が、これまたいい味出ていました。
と、云うのも全体的にはヨーロッパ車の雰囲気で、外観との一貫性があるのですが、そこに使われている木目は、日本車らしい選択で、同じダイハツのフェローマックスなどにも使われていた木目に近い柄で、これはこれでらしくていいと思いました。
メーターパネルは、ちゃんとめっきのフチが奢られていて、創り手の熱意が感じられました。

雨のフィレンツェ・・・では無く、雨の丹波での撮影ですが、そんな雰囲気が出ていました。

この個体に取り付けられていたバッジが懐かしいのでご紹介します。と、云ってもこのサイトのクルマがお好きな方ならご存知のレーシングメイト(Racing Mate)のクラブバッジ(左)と、ファッションブランド「VAN」(右)です。
レーシングメイトは、自動車関連のアクセサリーなどを販売する会社でした。VANは、石津謙介氏が大阪で創業したヨーロッパ風のファッションブランドだそうです。
いづれも、筆者が生まれる前の話なので、ここらは団塊世代ぐらいの方々お詳しいと思います。

こちらは、VANのステッカーですが、「J」と云うのは、ヨーロッパのナショナルステッカーを模ったものだと思います。
日本は、クルマを運転しながら国境を越えられませんから、本来は必要無いのですが、国境を越えて自動車を運転するヨーロッパの人々が、運転習慣の違うそれぞれの国を走るときに、どこの国から来た車か判るように各国のイニシャル文字をこのような楕円ステッカーにして貼ると云う文化があって、それが日本でもちょっとしたお洒落として流行った時期がありました。
ちなみに、ヨーロッパでは、ベンツでもフランス人が運転していたら「F」を貼りますし、MGでもドイツ人が運転していたら「D」を貼るというのが正解と、昔聞きました。

【こぼれ話】
この個体は、チームヤマモト・クラシックカーフェスティバル2015にご参加のオーナー様に、取材させていただきました。ありがとうございます。
ダイハツ・コンパーノと云うクルマは、博物館では観たことがありますが、間近では初めて見せて頂きました。
一般道で見かけたのは、昔々、岡山国際サーキットがまだTIサーキット英田だった頃に、サーキットの近くで赤いコンパーノを見かけたのが最後でした(ベルリーナだったかスパイダーだったかは、既に定かではありません)。
とにかく、小柄で美しいクルマと云う印象があったのですが、今回近くで見れば見るほど、魅力的な造形のクルマであることが解りました。
小さくても、ここまで綺麗にパッケージすれば、こんなに魅力ある自動車が創れるのだと、改めて思った次第です。
21世紀では、マツダ・ロードスターがそれにあたりますが、やはり自動車が好きで好きで創った自動車と云うのは、創り手の想いがしっかりと伝わってくるもので、当時の元気いっぱいのダイハツにもそういう方々がいらっしゃったのだと、このコンパーノ・スパイダーや、別途ご紹介しているフェロー・バギーを見せて頂いて、感じました。
しかし、もはや現存数も少なくなったコンパーノ・スパイダー(現在のロードスター・クーペと違って、当時の日本はオープンカーなど、贅沢中の贅沢な自動車だったのでしょう。)ですが、これからも日本が熱き情熱で自動車を創れた時代を伝える語り部として、いつまでも走り続けて頂きたいと願います。



